ReConstruction

FB-ReCo/2010  雙葉高等女学校復元模型プロジェクト 2009-2010

雙葉高等女学校

雙葉高等女学校は1908年(明治41年)にメール・セン・テレーズが私財を投じて購入した麹町(四ツ谷駅前)に1909年(明治42年)より、チェコの建築家・ヤン・レツルの設計によって建築されました。1910年(明治43年)には落成した新校舎へ、築地より移転しています。しかし、1945年4月13日の東京大空襲で聖堂の骨格を残しただけで焼失してしまいました。


今回の復元模型プロジェクトは雙葉小学校100周年記念事業の一環として計画されました。図面などは全て焼失していたため、残された数枚の写真と、骨格を残したのち再現された聖堂の資料、この校舎へ当時通っていたシスターの記憶などをもとに、復元模型を制作しています。

濃淡二色の緑色の校舎

雙葉高等女学校は濃淡二色を配した木造ルネッサンス様式の優美な校舎でした。同時代の建築物としては、ジョサイア・コンドル設計による旧岩崎家住宅洋館や、函館市内に多くの木造ルネッサンス様式の明治期の建物が現存しています。これらの建物も参考にし、細部の表現を行なっています。また、二色の緑色については、シスターの記憶から再現しています。

ヤン・レツルの建築

雙葉高等女学校が四ツ谷の駅前に現存してたらと思うと残念でなりません。日本にはヤン・レツルの建築は殆ど現存していません。また、レツルの設計した広島産業陳列館は、原爆により破壊され、現在は原爆ドームとして世界遺産となっています。そのような点から、コンドルと比較すれば、レツルは不遇の建築家であったかも知れません。今回、雙葉高等女学校の復元模型が完成し、当時の建築の姿を見ることができるようになりました。この模型を、学校に通った子供達や先生、シスター、あわせて、レツルに捧げたいと思います。


この復元模型は、

廣島から広島 ドームが見つめ続けた街展

広島県立美術館

2010年8月5日(木)~9月20日

に展示され多くの方にご覧いただきました